大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決

原告 千勝ふみ

被告 茨城県知事

主文

被告が別紙目録(ロ)及び(ハ)記載の農地につき訴外根本勢津子を売渡の相手方とし、売渡時期を昭和二三年七月二日と定めてなした売渡処分は無効であることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を被告、その余を原告の各負担とする。

事実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は、「被告が別紙目録記載の農地につき別紙目録記載の者を売渡の相手方とし、売渡時期を昭和二三年七月二日と定めてなした売渡処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)、被告知事はもと訴外福田道太郎所有の茨城県北相馬郡取手町字西作乙二五九番の三畑七反二畝二三歩を二回に分けて自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第一号に基き買収したが、別紙目録記載の農地(以下本件農地という)は第一回目に買収した畑六反九畝二三歩のうちの一部の土地である。

(二)、そして、当時の旧取手町農地委員会は、右六反九畝二三歩の一部を別紙目録記載のように分筆し、そのうち(二)の字西作乙二五九番の一一畑一反歩につき売渡時期を同年七月二日とし、これを同目録記載の者に売渡す旨の売渡計画を樹立し、昭和二三年六月一八日その旨公告し、同日から一〇日間関係書類を縦覧に供し、更に本件農地のその余の畑につきいずれも売渡時期を同年七月二日と定め、それぞれ同目録記載の者に売渡す旨の売渡計画を樹立し、同年七月一九日その旨公告し、同日から一〇日間関係書類を縦覧に供した。

続いて、茨城県農地委員会は右計画を承認したので、被告知事は右計画に基づき所定の売渡令書を発行し、これを同目録記載の買受人に交付して売渡処分をした。

(三)、しかしながら、本件売渡処分は次のような明白かつ重大な瑕疵を帯びるから無効である。

(1)、原告は、昭和一六年春訴外福田道太郎から本件農地を含む前記字西作乙二五九番の三畑七反二畝二三歩を小作料は一ケ年六四円毎年末払いの約で期限の定めなく賃借し、同年夏作以降その耕作を継続して来た。従つて、原告は自創法第一六条同法施行令第一七条第一項第一号にいう、その買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農であるから、本件農地の売渡を受けるべき第一順位者である。しかるに旧取手町農地委員会の当時の委員長訴外根本春男及び同委員訴外倉持鶴松は、原告に本件農地を売渡すことを喜ばず、昭和二二年二月頃いわゆる農地の一筆調査が行われた際、原告が実弟訴外千勝勝を代理人として原告が本件農地の耕作者である旨届出ようとしたところ、千勝勝を強要して勝が本件農地の耕作者である旨届出させ、原告に対しても右耕作権の放棄方を強要し、原告が昭和二三年初頃本件農地の買受を申込をしようとして農地委員会に出頭したところ、規則が改正になり原告は耕作を継続できなくなつた旨欺称して買受申込書の交付を拒否し原告の買受申込権を剥奪し、更にその後同年三月頃原告及び勝に対し右耕作権の放棄方を再三強要し勝が容易にこれに応じないとみるや、暴行脅迫を加えて取手町に居たたまれないようにし向け、遂にその頃勝をして他村へ移住をやむなくさせた。かくして、同農地委員会は、本件農地の売渡を受けるべき第一順位者は原告であるにもかかわらずこれが欠けたものとして、次順位である別紙目録記載の訴外人らを売渡の相手方とする旨の前記売渡計画を樹立したのである。以上のように売渡の相手方並びにその順位を誤つた本件売渡計画、従つてそれに基く本件売渡処分は違法である。

(2)、旧取手町農地委員会は、前記の如く本件農地をそれぞれ別紙目録記載の訴外人らに売渡す旨売渡計画を樹立したのであるが、(イ)の農地の買受人訴外根本りきは、旧取手町農地委員会の当時の委員長根本春男の妻であり、同(ロ)及び(ハ)の農地の買受人訴外根本勢津子は右根本の長女であり、当時僅か一二才であつて農耕不能の状態にあり、同(ニ)の農地の買受人訴外倉持鶴松は当時右委員会の委員であり、同(ホ)の農地の買受人訴外長塚市太郎は当時せんべい製造業者であつて農耕を営む者ではなく、同(ヘ)の農地の買受人訴外石野丹夫は当時取手町農地調整委員会委員であり右根本や倉持と関係が深く、同人が取手警察署に対し自己所有地を同署建設敷地として提供した代替地として売渡を受けることになつたもの、同(ト)の農地の買受人訴外坂巻春吉は当時井戸掘業者であつて農耕を営むものではなかつたが前記根本委員長の身代りとして売渡を受けることとなつたもの、同(チ)の農地の買受人訴外寺田惣吉は前記倉持委員の身代りとして売渡を受けることになつたものである。

しかして、前記根本委員長及び倉持委員はいずれも取手町における顔役であり、前記農地委員会の運営を独裁していたものであるが、本件農地の不法取得を企てた結果従前本件農地とは何らの関係を有しなかつた前記訴外人らに売渡す計画を樹てたものである。そして以上の買受人は、あるいは根本委員長の家族にして耕作補助者に過ぎない者であり、あるいは耕作の業務を営む者でなかつたり、あるいは単に根本委員長や倉持委員と特殊の関係にあつてその身代りと目されるに過ぎない者であつて、いずれも自創法第一六条第一項、同法施行令第一八条第二号にいう売渡の相手方たる資格を有しないものである。かかる資格のない者を売渡の相手方とした前記売渡計画は違法であり、これに基づく本件売渡処分もまた違法である。

(3)、本件農地の売渡の相手方たる別紙目録記載の訴外人らは、本件農地につき自創法第一七条、同法施行規則第八条による買受申込をしていない。自創法第一八条第三項によれば、農地売渡の相手方は自創法第一七条による買受申込をした者でなければならない。従つて本件農地につき買受申込をしない前記訴外人らを売渡の相手方とした前記売渡計画は違法であり、これに基づく本件売渡処分も違法である。

(4)、本件売渡計画に関する公告・縦覧手続及び本件農地の売渡時期は前述の如くであつて、売渡時期の後に公告・縦覧が行われたことになるが、このような手続は自創法第一八条第四項の要求する適法な公告・縦覧手続とはいえない。従つて原告は同条第五項における異議申立権を剥奪された結果となる。かかる公告・縦覧手続は違法であり、ひいては本件売渡処分も違法である。

また農地の売渡処分は、国が対象農地につき買収手続を完了し当該買収時期にその所有権を取得して後、順次自創法所定の手続を履践して行われるべきものであり、買受人に対し当該農地の所有権を移転すべき売渡時期は、右手続完了後の時点につき定められるべきものであるところ、本件農地の買収処分においては、その買収時期は昭和二三年七月二日と定められており、国は同日本件農地の所有権を取得したことが明らかであるにかかわらず、旧取手町農地委員会は前記の如く本件売渡計画において売渡時期を右買収時期と同日である昭和二三年七月二日と定めたのである。右の如く売渡手続の完了しない時点である買収時期を売渡時期と定めることは本来自創法の予想しないところであつて違法である。従つて右売渡計画に基づく本件売渡処分は違法である。

(四)、よつて、原告は、被告が本件各農地につき別紙記載の訴外人らを売渡の相手方とし、売渡時期を昭和二三年七月二日と定めてなした売渡処分が無効であることの確認を求める。

二、被告の本案前の主張及び本案に対する答弁

(一)、本案前の主張

そもそも被買収農地の売渡を受け得る者は自創法第一六条、同法施行令第一七条ないし第一八条所定の買受資格を有するだけでは足らず、現実に自創法第一七条による買受申込をした者でなければならない。しかして右売渡を受け得る者にして始めて当該売渡処分の無効を訴求し得るのである。ところが、原告は本件買収の時期において本件農地の賃借人であつた旨主張し、本件売渡処分の効力を争うのであるが、本件農地の買受申込をしなかつたことは原告も自認しているのであるから本件農地の売渡の相手方たる資格を欠くものであり、従つて本件売渡処分の無効確認を訴求する正当な利益を有しないものである。

(二)、本案に対する答弁

(1)、請求原因(一)、(二)の事実は認める。

(2)、(イ)、同上(三)の(1)の事実は争う。

もと訴外福田道太郎所有の字西作乙二五九番の三畑七反二畝二三歩の従前の賃借人は原告ではなくて訴外千勝勝である。右農地については、昭和二二年二月頃行われたいわゆる一筆調査において、訴外千勝勝が賃借耕作者として農地調整法第一七条による申告をしており、このことから見ても本件買収時期における本件農地の耕作者は右訴外人であつて原告でなかつたことが明らかである。従つて原告を買受資格者として本件売渡の相手方としなかつたことは当然であつて、本件売渡計画ないし本件売渡処分を無効たらしめるものではない。

仮りに、本件買収の時期において本件農地の賃借耕作権者が原告であつたとしても、前記のように本件買収に先立つ農地調整法第一七条の一筆調査の際には訴外千勝勝名義をもつて本件農地の耕作者である旨申告されているのであるから、旧取手町農地委員会が千勝勝を本件農地の耕作者であると誤認し、これを前提として本件売渡計画を樹てたとしても原告は本件農地の買受申込をしていないのであるから本件売渡計画及びそれに基く本件売渡処分に明白かつ重大な瑕疵があるとはいえないので無効にはならない。

(ロ)、同上三の(2)のうち、旧取手町農地委員会が本件農地を別紙目録記載の訴外人らに売渡す旨の売渡計画を樹立し、被告知事が右売渡計画に基きこれを同訴外人らに売渡した事実は認めるが、同訴外人らがいずれも本件農地の買受資格を欠くものであるとの主張は争う。訴外根本りき及び同根本勢津子が原告主張の如く訴外根本春男の世帯員であり、また右勢津子が年令当時一二才であつたにしても、農業経営は世帯単位に行うものであるから、当該世帯が農業に精進する見込みのあるものであれば、年少者であつても当該世帯構成員である以上これを売渡の相手方とすることができる。

本件売渡は、本件農地の賃借人であつた訴外千勝勝が昭和二三年三月頃他村へ移住したため、第一順位の売渡の相手方がなくなつたので、自創法施行令第一八条により次順位の売渡の相手方を他に求めたに過ぎないものであり、別紙記載の訴外人はいずれも適法な買受資格者である。本件売渡計画には何ら違法はない。

(ハ)、同上三の(3)の主張は争う。

農地売渡の相手方となるためには買受申込をした者でなければならないことはもちろんであるが、右買受申込は必ずしも書面によることを要するものではない。しかして、本件売渡の相手方たる別紙訴外人らはいずれも口頭により買受申込をしたから、本件売渡計画に原告主張のような違法はない。

(ニ)、同上三の(4)の見解は争う。

本件公告・縦覧手続には何ら違法はなく、また買収時期と売渡時期とを一致させても何ら違法はない。

(3)、以上のとおり原告の本訴請求は、いずれも理由がなく失当である。

(三)、被告の右本案前の主張に対する原告の反駁

原告が被告主張の如く本件農地につき買受申込書を提出していないことは認めるが、それは前記(三)の(1)において述べたような事情で買受申込権を奪われたためである。原告は本件買収の時期における本件農地の小作農であるから本件農地の売渡を受けるべき第一順位者であり、従つて前記のような事情で買受申込をしなくても、本件農地の売渡処分の無効確認を訴求する正当な利益を有するものである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、まず、被告は、本件の如き農地売渡処分の無効確認を訴求し得る者は、当該農地の売渡を受け、その所有権を取得し得べき地位にあつた者にして始めて許されるのであるところ、原告は本件農地につき自創法第一七条所定の買受申込をしていないのであるから、仮りに買受の資格があつても本件売渡の相手方となり得なかつたものであり、本件売渡処分の無効確認を訴求するにつき正当な利益を有しない旨主張するので、この点について判断する。

自創法第一八条によると、農地売渡計画において定められる売渡の相手方は同法第一七条の規定による買受の申込をした者でなければならないとされており、また同法第一九条が同法第一七条の規定による買受の申込をした者は前条の規定による農地売渡計画について異議があるときは市町村農地委員会に対して異議を申立てることができる。前項の場合には第七条第三項ないし第五項の規定を準用する旨規定しているところに徴すると、自創法第一七条の規定による買受の申込をしない者は、如何に同法第一六条同法施行令第一七条ないし第一八条に該当する買受資格者であつても、売渡の相手方となり得ないことはもとより、売渡計画を争う異議申立権ないし訴願提起の権利を有しないことは明らかである。従つてこのことからすると、自創法第一七条の規定による買受の申込をしない者は、当該売渡手続の下においては当該農地を取得することはとうてい期待できないわけであるから、当該売渡処分につき無効確認を求める利益に乏しいのではないかとの疑念が生じないでもない。しかし、自創法第一六条同法施行令第一七条に該当する第一順位の買受資格者は、本来通常の過程においては他の者に優先して当該農地の売渡を受け得べき地位にあり、当該売渡手続につき密接な利害関係を有するものであること、また右の者が自創法第一七条による買受申込をしないについては、その者が当該農地について耕作をしない積りで右申込をしないときを除き、当該農地について耕作を継続する意思を有しながら右買受の申込をしない場合には、何らかの宥恕すべき特段の事情が存する場合が多いであろうし、かかる場合にたまたま右買受の申込をしなかつたからといつて当該売渡処分の瑕疵を争うことを許さないとすることは右の者に酷に失すること、なおまたもし当該売渡処分が無効ということになれば、更に右の者は当該農地買受の申込をする機会を得られ売渡の可能性もないわけではないこと等から考えると、自創法第一六条同法施行令第一七条の第一順位の買受資格を有すると主張する者は、自創法第一七条の買受申込をしなかつた場合でも、当該売渡処分の無効を争う利益があるものと解すべきである。しかして本件においては、原告が本件農地の買受申込をしなかつた事実は原告の自認するところであるけれども、原告は本件農地を買受ける第一順位の資格者であるが、不当に買受申込権を奪われたと主張し、本件売渡処分の無効確認を求めているのであるから、右無効確認を訴求するについて正当な利益を有するものと解するのが相当である。

二、そこで進んで本案につき判断する。

(一)、請求原因(一)及び(二)の各事実は、当事者間に争いがない。

(二)、よつて、原告主張の無効原因の有無につき順次判断する。

(1)、被告知事が本件農地を原告に売渡さず第三者に売渡した処分は違法であるとの主張について(請求原因(三)の(1))

成立に争いのない甲第一二号証、証人福田敞の証言により真正に成立したと認められる甲第七号証に、証人福田敞同千勝勝(一、二回)の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和一二年以来取手町に居住し農耕を営んできたものであるが、昭和一六年春に訴外福田道太郎から同人所有の本件農地を含む取手町字西作乙二五九番の三畑七反二畝二三歩を小作料一ケ年六四円毎年末払として期限の定めなく賃借し、同年夏頃から耕作をはじめたこと、その後原告の実弟たる訴外千勝勝は昭和一七年一月一二日勤務先なる東京都内の郵便局を退職し、翌一八年九月頃取手町に疎開し野菜の行商をして生計をたてていたが、原告は寡婦で独り暮しをしていたので福田から賃借した前記二五九番の三畑七反二畝二三歩のうち二反歩(本件農地以外の部分)を福田に無断で転貸し、その余の農地については勝に耕作の補助を受けながら原告が耕作していたこと、勝はその頃訴外海老原某から三反歩の農地を賃借したので、昭和一八年頃からは海老原に右農地の小作料を支払うついでに、原告が福田に支払うべき前記二五九番の三畑七反二畝二三歩に対する小作料を原告を代理して持参して支払つていたこと、そのような関係から地主福田は小作料受領証の宛名を勝として発行し、小作台帳にも勝を前記七反二畝二三歩の小作人として記載したこと、そして原告は勝に転貸した二反歩を除き本件農地についてはその後引き続き本件買収及び売渡処分がなされる頃までは現実に耕作していたことが認められるので、少くとも本件農地については原告が小作農であつたというべきである。原本の存在並びにその成立に争いのない甲第八号証中右認定に反する記載部分は右証拠と対比しにわかに信用できないし、その他右認定を覆えすに足りる証拠はない。

もつとも、昭和二二年二月一八日行われた農地調整法第一七条による調査において前記二五九番の三畑七反二畝二三歩の耕作者は千勝勝として申告がなされたことは当事者間に争いのないところであるけれども、前記証人千勝勝(一、二回)の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は右七反二畝二三歩の耕作者は原告として届出でるよう千勝勝に依頼したところ、勝は原告の意思に反し自己名義で届出をしたものであることが認められるので(右認定に反する甲第八号証中の記載部分は信用しない)右の事実は何ら右認定の妨げとなるものではない。

原告は取手町農地委員会長根本春男同委員倉持鶴松は本件農地を原告に売渡すことを喜ばず不法に取得せんことを共謀して、勝が前記二五九番の三、七反二畝二三歩につき耕作者を原告名義で届出しようとしたところ、勝を強要して勝名義の届出をさせたものであると主張し、前記証人千勝勝(一、二回)は右主張に副う証言をするけれども、該証言は後記認定の事実などに対比するときはにわかに信用できない。すなわち(イ)若し千勝勝が倉持らに強要された結果止むなく本件農地などの耕作者を自己名義で届出したものであれば、その事実を原告に報告してもよさそうに思われるのに、原告本人の供述によれば、勝は本件農地の売渡処分がなされるまで、勝名義で届出をした事実を原告に秘していたことが認められること、(ロ)前記甲第八号証によれば、昭和三一年六月二五日取手町農業委員会において実情を調査した際、千勝勝は本件農地の申告人名義を自己名義にしたのは原告と話し合いの上である旨供述した事実が認められること、(ハ)前認定のように前記二五九の三畑七反二畝二三歩のうち二反歩は勝が原告から転借して耕作し、その余の畑についても耕作を手伝つており、地主福田からは勝宛の小作料受領証を受取り小作台帳には小作人として勝が記載されているのであるから、原告と勝との身分関係を考えると、勝名義で申告することはさして不自然でないことを彼此参酌すると、勝が自己名義で申告したのは倉持から申告について多少の示唆はあつたにせよ、強要された結果であるとはとうてい認められない。この点に関する証人宮本正雄の証言や原告本人の供述は、本件を問題に取りあげた後の勝からの伝聞に過ぎないから採用できない。

原告は昭和二三年初頃本件農地の買受申込をしようとして農地委員会に出頭したところ、買受申込書の交付を拒否され、買受申込権を剥奪されたと主張するけれども、右の事実はこれを認むべき証拠はない。

また原告は根本、倉持は原告及び勝に対し再三再四本件農地に対する耕作権の放棄方を強要し、勝がこれに応じないとみるや勝に暴行脅迫を加えて同人をして他村に移住するの止むなきに至らしめたと主張するけれども、根本、倉持らが原告に対し本件農地の耕作権の放棄方を強要した事実はこれを認めるに足りる証拠はなく、もつとも前記証人千勝勝(一、二回)の証言によれば、倉持が同年二月頃取手町金刀比羅神社において暴行を加えた事実は認めることができ、勝が同年三月頃他村(真壁郡大和村)に移住したことは当事者間に争いのないところである。そして前記証人千勝勝は倉持からの耕作権放棄方の強要に応じなかつたために暴行されたものであつて、その恐怖に堪えかねて移住した趣旨の証言をするけれども、該証言は次のような事実を合せ考えるとにわかに信用できない。すなわち、(イ)暴行の恐怖に堪えかねて他村に移住するというようなことは容易ならざる事態であるから近所に住む姉である原告には当然報告さるべき筈と思われるのに、原告本人尋問の結果によれば、勝はその当時暴行を受けた事実や他村に転住することについては原告に知らせず一切秘していたことが認められること、(ロ)前記甲第八号証、証人吉村博の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証と証人吉村博の証言とを綜合すると、勝は昭和二三年三月七日訴外赤塚作治を通じ吉村博に対し前記二五九番の三畑七反二畝二三歩のうち勝が原告から転借した二反歩を含め四反八畝一一歩及び勝の居住家屋(原告本人の供述によれば、右家屋は原告の所有であることが認められる)を自己の所有であると偽つて原告に無断で代金一五万円位で売渡し突然立ち去つたことが認められること、(ハ)前記証人千勝勝(一、二回)の証言によると勝が移住した真壁郡大和村は勝の本家のある場所であつて、勝は山林二町歩位をもらつて開墾し農業を営んで安定した生活をしていることが窺われること、(ニ)証人千勝勝の前後二回の証言の内容には矛盾した点が多く特に倉持から暴行を受けた動機についての供述は瞹昧で真相は把握できないことなどを彼此参酌するときは勝が倉持の暴行脅迫に堪えかねて他村に転住した旨の証言はにわかに信用できない。これを要するに、本件の全証拠によるも、根本、倉持らが共謀して原告の本件農地の耕作権を奪わんがために勝を強要して本件農地に対する耕作権者を勝名義で申告させ、その目的を達するために勝に暴行脅迫を加え勝をして他村に移住するの止むなきに至らしめた事実を認定すべき心証を惹起するに足らない。

そうすると、原告は本件農地につき自創法第一六条同法施行令第一七条第一項第一号に該当するいわゆる第一順位の売渡の相手方であつたのであるから、他の者に優先して売渡を受け得べき資格があつたわけである。

しかし、自創法第一八条によると、前述の如く売渡計画において売渡の相手方と定められるべき者は、同法第一六条に規定する者であつて同法第一七条の規定により市町村農地委員会に対し買受申込をしたものでなければならないとされているところ、本件において原告が右の買受申込をしていないことは原告の自認するところであるから、取手町農地委員会が本件農地に関する売渡計画において原告を売渡の相手方と定めなかつたについては何ら違法はなかつたといわねばならない。

また前認定のように本件農地を含む前記二五九番の三畑七反二畝二三歩について勝名義で耕作権者の申告がなされ、しかも勝が現実に右農地を耕作している事実があつたのであるから取手町農地委員会が勝を本件農地の小作農として取扱つたことは無理もないことであるし、その後勝が他村に移住し、右買受の申込をしなかつたのであるから同委員会が自創法第一六条、同法施行令第一八条第二号の規定に基き売渡計画を樹立し、被告知事がこれに基き第三者に売渡処分をしたことは仮りに瑕疵があるとしても無効原因となる瑕疵があるとはいえないので原告の右主張は採用できない。

(2)、本件農地の売渡の相手方は買受適格を欠き違法であるとの主張について(請求原因(三)の(2))

本件売渡計画がいわゆる第一順位の売渡の相手方たるべき者が欠けたとして、自創法第一六条、同法施行令第一八条第二号の規定に基づき樹立されたものであること及び本件農地の売渡を受けた者が別紙目録記載の者であることは当事者間に争いがない。

そこで、右売渡を受けた者が同法施行令第一八条第二号にいう農業に精進する見込のある者に該らないかどうかにつき考えてみるに、いずれも成立に争いのない甲第三号証、同第五号証の一、二及び同第六号証を綜合すると、別紙目録記載の(イ)の農地の買受人根本りきは当時取手町農地委員会の委員長訴外根本春男の妻で、農耕の手伝をしていたこと、同(ロ)及び(ハ)の農地の買受人訴外根本勢津子は右根本委員長の長女であり、当時年令一二才(昭和九年六月一二日生)で無職であつたこと、同(ニ)の農地の買受人訴外倉持鶴松は当時右委員会の委員であつたこと、同(ホ)の農地の買受人訴外長塚市太郎はせんべい製造業者であつたこと、同(ヘ)の農地の買受人訴外石野丹夫は農業を営み同町農地調整委員会の委員であつたこと、同(ト)の農地の買受人訴外坂巻春吉は井戸掘業を営むものであつたこと、同(チ)の農地の買受人訴外寺田惣吉は農業を営むものであつたことが認められる。

ところで、自創法施行令第一八条第二号にいう自作農として農業に精進する見込のある者とは、売渡を受ける者個人についてその適格の有無を判断すべきものであると解すべきところ、右(ロ)(ハ)の農地の売渡を受けた根本勢津子は当時年令僅に一二才であつたから、農業に精進する見込のある者といえないことは明白であり、同人を売渡を受ける適格者と認定してした売渡処分は明白かつ重大な瑕疵があるものといわねばならない。被告は農業経営は世帯単位に行われるものであるから、当該世帯が農業に精進する見込のあるものであれば、右根本勢津子のような年少者でも売渡の相手方とすることができると主張するけれども、かく解すべき根拠はないので右見解は採用できない。しかしながら、その余の売渡を受けた者については前記認定の事実からだけでは未だ同人らが農業に精進する見込がないとは断定できないし、仮りにその認定に過誤があつたとしても、精々取消し得べき瑕疵に過ぎないと認めるのが相当と考える。

(3)、買受の申込をしなかつた者に売渡した違法があるとの主張について(請求原因(三)の(3))

農地売渡計画において当該農地の売渡の相手方とされるべき者は、自創法第一七条に規定する買受の申込をした者でなければならないことは同法第一八条第三項の明定するところである。しかして、自創法施行規則第八条によると、自創法第一七条の規定により農地の買受の申込をするには(イ)申込者の氏名または名称及び住所、(ロ)買受けるべき農地の所在、地番、地目及び面積、(ハ)買受ける場合の希望価格及び対価の支払の方法、(ニ)その他必要な事項を記載した申込書を市町村農地委員会に提出しなければならないこととされている。しかし右規定は、市町村農地委員会が売渡手続を迅速かつ遺漏なく行うため事務遂行の便宜上右の如き様式の買受申込書を提出させるのを相当とした趣旨のものであつて、必ずしも口頭による買受申込を許さないものではないと解される。

ところで、前記訴外人らは本件農地につき自創法第一七条の規定による買受の申込を書面をもつてしていないことは被告の自認するところであるけれども、前記甲第八号証にいずれも成立に争いのない乙第六ないし第一三号証の各二を綜合すると右訴外人はいずれも口頭をもつて前記(イ)ないし(ニ)の事項を申述べ本件農地の買受の申込をしたことが推認されるので原告の右主張も理由がない。

(4)、売渡時期を買収時期と同一の日に定めてした売渡計画及びその公告、縦覧手続が違法であるとの主張について(請求原因(三)の(4))

本件農地については前後二回にわたり売渡計画が樹立され、原告主張の如く公告、縦覧手続が行われたこと、そしてそのいずれの売渡計画においても売渡時期を買収時期と同一の日である昭和二三年七月二日と定めたものであることは当事者間に争いがない。

そもそも売渡時期は国から売渡人に対する所有権移転の時期を明らかにするものであつて、むしろ国が当該農地を買収し、所有権を取得しうべき買収時期と一致させ、その間に時日を置くことによつて種々の法律問題の生ずることのないよう配慮するのが自創法の立法趣旨に適うのであり、また実務の上でも右の如くに取扱われるのが通例となつているのであつて、この事実は当裁判所に顕著なところでもある。それゆえ売渡時期が原告主張の如く公告、縦覧の期日、期間より遡及することになるけれども、買受の申込をした者で売渡計画に不服のある者は公告、縦覧の期間内に異議訴願ができるわけであるから(原告は買受の申込をしなかつたのであるから異議申立権はない)そのことにより異議申立権が侵害されるようなことはない。

また売渡の時期は前述の如く売渡によつて国から当該農地の所有権が売渡の相手方に移転する時期のことであつて、買収時期より遡及することは論理上許されないところであるけれども、原告主張の如く売渡手続の完了した時点以後に定められなければならないことが論理上要請されるわけではなく、買収の時期以後の時点において定められれば足りるのである。

本件売渡計画においても売渡時期を買収時期と同日に定めたのは従来の取扱いによつたものであることが窺われ、その手続上何ら違法でないことは前説示のとおりであるから原告の右主張は採用しない。

三、叙上の次第で原告の本訴請求中被告知事が別紙(ロ)(ハ)の農地につきなした売渡処分の無効確認を求める部分は理由があるから認容すべきも、その余の農地についての売渡処分の無効確認を求める部分は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 浅田潤一)

農地売渡目録

(イ) 茨城県北相馬郡取手町取手字西作乙二五九番の一三

一、畑 一反歩

買受人 根本りき

(ロ) 同所乙二五九番の一四

一、畑 一畝二二歩

買受人 根本勢津子

(ハ) 同所乙二五九番の一二

一、畑 五畝歩

買受人 根本勢津子

(ニ) 同所乙二五九番の一一

一、畑 一反歩

買受人 倉持鶴松

(ホ) 同所乙二五九番の七

一、畑 五畝五歩

買受人 長塚市太郎

(ヘ) 同所乙二五番の八

一、畑 四畝二〇歩

買受人 石野丹夫

(ト) 同所乙二五九番の一〇

一、畑 四畝二〇歩

買受人 坂巻春吉

(チ) 同所乙二五九番の九

一、畑 四畝二〇歩

買受人 寺田惣吉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例